【獣医師監修】犬の椎間板ヘルニアの症状・原因とは?予防法や治療方法についても解説
他の動物と比べると、犬は椎間板(ついかんばん)ヘルニアを発症しやすいといわれています。高齢になってから発症しゆっくり進行するタイプと、若い頃に急性に発症するタイプがあり、症状が重くなると手術が必要になります。症状や原因、予防法や治療法を解説しますので、愛犬の健康な生活にお役立てください。
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犬の椎間板ヘルニアとは
はじめに、椎間板ヘルニアとはどのような病気なのか、概要を押さえておきましょう。椎間板ヘルニアとは、背骨の一部を構成している椎間板に、ヘルニアが生じる病気のことです。もう少し具体的に解説しましょう。
ヘルニアとは「体内の臓器などが、本来あるべき部位から脱出・突出した状態」を指します。脱出・突出した部位によって「椎間板ヘルニア」「鼠径(そけい)ヘルニア」「臍(さい)ヘルニア」などと診断されます。では椎間板ヘルニアは、どこが脱出・突出しているのでしょう?
背骨は、椎骨という小さな骨の連なりで構成されています。そして椎骨と椎骨の間には椎間板が挟まれています。椎間板は中央部分にゼラチン状の物質(髄核:ずいかく)とその周囲にコラーゲンを豊富に含んだ物質(線維輪:せんいりん)から成る柔らかい組織であり、圧力や衝撃を分散するクッションの役割を果たします。
背骨は体の軸となる重要な骨ですが、それだけではなく脳から出て尾まで続く脊髄(神経の束)を守るというとても重要な役割も果たしています。ところが、椎間板が何らかの理由により損傷を受けると、線維輪に亀裂が生じ、髄核が線維輪を押し上げる或いは破って飛び出してしまい、わきを通っている脊髄を圧迫することがあります。この圧迫を受けたことにより痛みやしびれ等の症状がみられる状態を椎間板ヘルニアと言います。
犬の椎間板ヘルニアの症状と5つのグレード
背骨は、以下のように構成されています。
・頸椎(けいつい、首の骨)(7個)
・胸椎(きょうつい)(13個)
・腰椎(ようつい)(7個)
・仙椎(せんつい)(3個:骨盤につながる骨です)
・尾椎(びつい)(個数は犬種により異なります)
この内、椎間板ヘルニアが起きやすいのは頸椎から腰椎の間です。椎間板ヘルニアがこれらのどこで生じるかによって、現れる症状も異なります。また、生じる箇所が1箇所だけだとも限りません。ヘルニアの発生部位が頸椎の場合は頸部椎間板ヘルニア、胸椎と腰椎で起こった場合は胸腰部椎間板ヘルニアと言います。
犬の椎間板ヘルニアは、症状の重さによって頸椎では3つのグレード、胸椎と腰椎でのヘルニアでは5つのグレードに分類されています。それぞれのグレードにおける症状は次の通りです。
グレード1
主な症状は痛みだけですが、これによりあまり動かなくなる、頭を撫でる(頸部の場合に多い)・抱っこ(胸腰椎の場合に多い)を嫌がる、鳴き声をあげる、段差の昇り降りを躊躇するといった行動の変化が生じます。
グレード2
頸椎のヘルニアでは自力歩行は可能ですが、前足と後足に軽度の麻痺がみられ足取りにふらつきが見られます。
胸椎または腰椎の場合も自力で歩けますが、後足にふらつきが見られます。
グレード3
頸椎のヘルニアでは最もグレードが高く、前足と後足両方の麻痺が重度で起立や自力での歩行はできません。
胸椎~腰椎のヘルニアでは後ろ足を動かすことができず、腰を上げることができなくなり自力での歩行ができなくなります。
グレード4
後肢が完全に麻痺します。また腰椎を通っている膀胱や大腸をコントロールする神経が圧迫された場合は、排尿や排便ができない、またはうまくできずに垂れ流しのような状態になります。足先の皮膚をつまんでも痛みを感じなくなります(骨への刺激には反応します)。
グレード5
グレード4の症状に加え、足先に強い刺激を与えても何も感じなくなります。
一般的に、頸椎椎間板ヘルニアでは痛みが主症状であることが多く、足の痛みを感じなくなるほどの脊髄の障害を起こすことは稀といわれています。一方で、胸腰部椎間板ヘルニアの場合は、頸椎と比較して重度の脊髄障害が起こりやすい傾向にあります。
犬の椎間板ヘルニアの原因
犬の椎間板ヘルニアには、ハンセンⅠ型とハンセンⅡ型という2つのタイプがあります。
ハンセンⅠ型は「軟骨異栄養性犬種」といわれる犬種に先天的に多くみられ、遺伝が関与した軟骨異栄養症の影響が原因であることが多く、ハンセンⅡ型は加齢(5歳以上)による椎間板の変性が原因であることが多いです。
軟骨異栄養症の影響
ハンセンⅠ型は、ミニチュア・ダックスフンド、ビーグル、ペキニーズ、コーギー、トイ・プードルなどの軟骨異栄養性犬種で見られやすく、生後1~2歳齢から椎間板の髄核が水分を失って硬くなった結果、背骨に圧力がかかった際に硬くなった髄核が線維輪を破って脊髄の通っている方に逸脱し、逸脱した髄核が脊髄を圧迫することで症状を引き起こします。
ハンセンⅠ型は3~7歳齢で急性に発症することが多いとされています。
加齢による線維輪の変性
ハンセンⅡ型は、どの犬種でも認められ、加齢により椎間板の線維輪が過形成などにより肥厚し直接脊髄を圧迫することで症状を引き起こします。
ハンセンⅡ型は初めは痛みを引き起こし、その後ゆっくりとした経過で麻痺が出てくる進行性のある慢性的な疾患です。
犬の椎間板ヘルニアの予防法
では、犬の椎間板ヘルニアを予防するにはどうしたらいいのでしょうか。
椎間板ヘルニアは、ハンセンⅠ型とハンセンⅡ型のいずれであっても、完全に予防することはできません。ただし、肥満は背骨に大きな負担をかける可能性がありますので、日頃の食事管理と適度な運動は不可欠です。とは言っても、既に肥満傾向の場合に急にこれまで行っていなかった運動を始めてしまうと背骨に負担がかかってしまう可能性があります。理想的な体重と筋肉量を得るまでのロードマップをかかりつけの獣医師とよく相談しながら進めましょう。
また、椎間板ヘルニアには再発のリスクがつきもので、別の部位に再発する場合もあります。一度発症した犬は、フリスビーなどの激しい運動は避けるようにしましょう。
犬の椎間板ヘルニアの治療方法
もし、椎間板ヘルニアであると診断された場合、どのような治療が行われるのでしょうか。
症状が軽度な場合は内科的治療、重度な場合や軽度でも
内科的治療では回復しない、または再発を繰り返す場合は外科的治療(手術)が必要になります。
なお、グレード4までの間に手術を行えば約97〜98%の確率で改善が見られますが、グレード5になってからの手術では、改善する確率が50%程度に下がってしまいます。
またグレード4ならびに5の10%前後の犬は、有効な治療法のない、進行性脊髄軟化症という致死的な病態に進行するという報告もあります。進行性脊髄軟化症では、脊髄の病変が広がることにより進行性に脊髄が傷害を受け、最終的には生命の維持に必要な神経も麻痺するためほとんどのケースで亡くなってしまいます。
歩行ができる場合の治療法
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ケージレスト
ケージレストとは、安静を保つための運動制限法の一つで、犬を狭いケージの中で過ごさせ、トイレなどの必要時以外は動きを制限するというものです。こうすることで椎間板が現状以上に脊髄を圧迫しないようにし、脊髄損傷の修復を期待する治療法です。脊髄を圧迫している椎間板が安定するまでに4〜6週間が必要とされているため、同程度の安静期間が必要です。
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薬物投与
脊髄や椎間板の炎症を抑え痛みを和らげるために、ステロイド剤や非ステロイド系消炎鎮痛剤を使用することがあります。
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コルセット
最近では動物用のコルセットも開発されており、頸部や腰の安定化を図るのに有益です。特に、安静の難しい性格の子や、飼主が仕事や外出で見てあげられない時の補助器具として使用することが可能です。
歩行ができない場合の治療方法
歩行ができない場合、もしくはグレードが低くても内科的治療で回復しない場合は、脊髄を圧迫している物質を取り除く手術を行います。発生部位や病変部までのアプローチの違いにより術式が変わることがあります。
術後は早期のリハビリが不可欠です。麻痺の影響で減ってしまった脚の筋肉、脚の動きなどを回復させることが目的です。具体的には、屈伸運動、マッサージ、サイクルトレーニングなどが挙げられます。ある程度改善が見られた場合は、水中トレッドミル(水中のウォーキングマシン)やプールでの水中歩行なども検討します。
手術費用は、動物病院や発症部位、術式等によっても異なりますが、手術費用だけで15〜20万円、14日程度の入院費用や検査費用、薬の処方代等を含めて30〜50万円程度は必要になるでしょう。術後のリハビリも考えると、全体としてかなりの高額が見込まれます。
まとめ 犬の椎間板ヘルニアは治る確率が高い病気
犬の椎間板ヘルニアは、特に「軟骨異栄養性犬種」で発症しやすい病気ですが、その他の犬種でも起きる、犬によく見られる病気の一つです。
症状が進行し重度になると、有効な治療法がみつかっていない進行性脊髄軟化症という致死的な病態に進行してしまう可能性もあります。一方、麻痺がみられるケースでも早期に手術を行えば、高い割合で症状が改善される病気でもあります。またごく軽度な場合は、手術ではなく痛みを緩和させる薬剤の内服と安静などにより治療することも可能です。
椎間板ヘルニアの原因には、遺伝的なものと加齢による影響の2つがあり、いずれの場合も完全に予防する方法はありません。しかし、栄養バランスの取れた食事を適切な量だけ食べさせ、適切な量の運動をさせることで適正な体重を維持したり、足腰にかかる負荷をできるだけ軽減したりすることで、椎間板ヘルニアを発症する機会を抑えることが可能な場合もあると考えられます。
日ごろから愛犬の体重管理や足腰にかかる負荷の軽減策を施しながら、愛犬の様子をよく観察し、首や腰を撫でると痛がったり鳴き声をあげたりする、普段とは異なるおかしな歩き方をするなど、椎間板ヘルニアが疑われる様子が見られたら、できるだけ早く動物病院を受診しましょう。重症化させないためのポイントは、早期発見と早期治療です。
- 監修者プロフィール
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岩谷 直(イワタニ ナオ)
経歴:北里大学卒業。大学研修医や企業病院での院長、製薬会社の開発や学術職などを経て株式会社V and P入社
保有資格:獣医師免許