【獣医師監修】猫の皮膚がん(扁平上皮がん)の症状・原因・治療法を徹底解説

猫がかかりやすい病気は、年齢によって変わっていきます。幼齢期は下痢、結膜炎、胃腸炎、成猫期は皮膚炎、膀胱炎、下痢、そしてシニア期以降は腎臓病、腫瘍、心臓病などが、かかりやすい病気の上位です。
猫の平均寿命が伸びてきたことに伴い、次第に猫の腫瘍、特にがんと呼ばれる悪性腫瘍が注目されるようになってきました。中でも皮膚がんは、飼い主さんが見て気付けるがんの一つです。
万が一愛猫が皮膚がんだと診断されたら、症状や原因、治療法について、できるだけ正しい知識を得ることが大切です。正しい知識があれば、動物病院と連携しながら、愛猫のために最適な治療法を選択できます。
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猫の皮膚がん「扁平上皮がん」とは?
人と同じように、猫もさまざまながんにかかります。がんの中でも、目に見えるため比較的気付きやすいのが、皮膚がんです。皮膚がんとは病名ではなく、皮膚の細胞が異常に増殖してできる悪性腫瘍の総称です。
皮膚にできる腫瘍やがんには、扁平上皮がん、肥満細胞腫、基底細胞腫、アポクリン腺や皮脂腺などの皮膚の腺組織にできる腫瘍、悪性黒色種(メラノーマ)などがあります。中でも多いのが肥満細胞腫で、猫の皮膚腫瘍の約20%を占めるという報告もある程です。しかし猫の場合、肥満細胞腫は良性であることが多いとされています。
逆に、悪性の場合が多く、かつからだのさまざまな部位に発生することが多いことで知られているのが、扁平上皮がんです。特に口の中にできる悪性腫瘍のうち、70〜80%を占めているのが扁平上皮がんであるとも言われています。
今回は、全身の皮膚や口の中に発症する扁平上皮がんについて、症状、原因、治療法について、詳しく解説します。
猫の扁平上皮がんの症状
目に見えるため、比較的飼い主さんに気付かれやすいのが皮膚がんの特徴です。しかし扁平上皮がんは、その初期症状の特徴から、気付かれるまでに比較的時間のかかるがんだと言われています。
口の中は元々目立ちづらいということもありますが、皮膚に発症する場合でも、初期症状があまり腫瘍らしく見えないことが原因だと考えられています。それでは、皮膚にできる場合と口腔にできる場合、それぞれの症状について詳しく解説しましょう。
皮膚にできる場合
皮膚にできる扁平上皮がんは、からだのさまざまな場所にできる可能性があり、白色や色素の薄い皮膚を持つ猫で好発傾向があるとされています。特に出やすいのが顔面で、発症部位の80〜90%が顔面だという報告があります。中でも多いのが鼻平面(鼻鏡)で、次が耳介(耳の頭から飛び出している部分)と眼瞼(まぶた)です。残りの約10%が足や指先で、背や尾、会陰にできるのは比較的稀です。
初期症状としては、皮膚が赤くなる、ただれる、かさぶたができるなどがあります。これらはごく普通に見られる皮膚炎などの皮膚トラブルとして見過ごされてしまうことがあります。実際、扁平上皮がんの猫が最初に来院する理由の多くは「引っ掻き傷が治らない」というケースです。
ポイントは、症状が改善せずに日々広がっていくことです。そして、次第に潰瘍(えぐれたような傷)を作っていき、周囲がただれていきます。皮膚にできる扁平上皮がんの場合、腫瘍の大きさで予後が決まると言われていますので、様子を見て腫瘍が大きくなってしまう前に診察を受けることが非常に重要です。目安としては、最初の症状に気付いてから1週間が経過しても改善が見られない場合と考えると良いでしょう。
口腔にできる場合
口の中にできる扁平上皮がんも、初期は赤みが出るというあまり目立たない症状です。特にがんを発症する高齢の猫は、すでに歯周病を発症していることが多く、歯周病の症状だと思われてしまうことが多いようです。
進行すると、赤かった部分が徐々に腫瘍化し、大きくなっていきます。食事中の愛猫が食べづらそうだったり、食べる速度が遅くなったり、ヨダレを垂らしたりしている場合は、扁平上皮がんの可能性も疑って口の中を確認しましょう。
さらに進行すると、常に舌を出している、口からの出血、口臭がキツくなる、食べたフードを飲み込みづらくなる、食欲が低下するといった症状も見られるようになります。
口腔にできる扁平上皮がんは、進行が極めて早いケースが多く、1〜3ヶ月で顕著に病変が広がっていくことがあります。口の中の異変に気付くのは難しいかもしれませんが、シニア期の猫に多い歯周病だろうと軽視せず、早めに診察を受けることが大切です。
猫の扁平上皮がんの原因
皮膚にできる扁平上皮がんは、太陽光(紫外線)が扁平上皮細胞を傷つけることが原因だと考えられています。そのため、被毛(皮膚)の色の薄さと日光にさらされやすい部位の被毛の薄さが、発症リスクを高めると考えられます。また太陽光による細胞損傷の作用には長い時間がかかるため、シニア期以降の猫に多いのも特徴の一つです。
発症率と毛色に関しては、チャトラ猫や黒猫、タビー(縞模様)のある猫と比べ、白い被毛の多い猫ほど発症率が高いことがわかっています。ある調査では、白猫における皮膚の扁平上皮がんの発症率は、他の毛色の猫の5倍以上でした。
さらに、純血種よりも雑種の短毛猫の方が発症率が高いという報告もあります。これは、完全室内飼育か否かという、飼育方法の違いも関係しているのかもしれません。
口内にできる扁平上皮がんは、太陽光との関連性がなく、固いフードなどによる慢性的な歯茎への刺激、猫のからだに付着したタバコなどの有害物質を舐める、パピローマウイルスの関連などが原因として考えられています。ただし、いずれも明確な因果関係はわかっていません。
猫の扁平上皮がんの治療法・治療費
愛猫ががんだと診断されると、多くの飼い主さんは絶望的な気持ちになるのではないでしょうか。しかし扁平上皮がんの場合、腫瘍の大きさや転移の有無、発症箇所の多さなどにより、さまざまな治療法を適用できる可能性があります。
病状や愛猫の状況、生活の質のレベルなどを勘案し、担当獣医師と相談した上で、愛猫にとって最適な治療法を選ぶことが大切です。
皮膚にできた場合
皮膚の扁平上皮がんの治療法としては、外科的切除が最も有効とされます。放射線療法、化学療法など、その他の治療法を適用できる可能性もありますが、末期でなければ転移することが稀な腫瘍であるため、化学療法が必要とされることはあまりありません。
腫瘍ができた場所や大きさにもよりますが、必要最低限のマージンも含めて完全に外科的に除去できる場合は、完治が望めることがあります。特に腫瘍が5mm以下の小さい段階であれば、凍結療法が可能なケースもあります。凍結療法とは、凍結探針を用いて病変部を急速に凍結させることで、患部を切開せずに組織を破壊する治療法です。
隣接する筋膜への浸潤が見られたり腫瘍が5cm以上になっている場合は、外科的切除を行う前に放射線治療で腫瘍を小さくする場合もありますが、一般的な見解としては、猫における扁平上皮癌への手術前の放射線治療の有効性を示す明確なエビデンスは少ないため、標準治療としては確立されていません。
鼻平面や眼瞼の腫瘍を完全切除するには制約が多く、完全切除ができないこともあります。また外見上の変化の激しさから、放射線療法や化学療法を選ぶケースもあります。その他に、症状に合わせて鎮痛剤や食欲刺激剤、制吐剤、抗生剤などを使用する場合もあります。
口腔にできた場合
口の中にできる扁平上皮がんは、見た目よりも深く浸潤している傾向があります。そのため、外科的切除では、下顎の半分または全てを切除せざるを得ないケースや、舌を切除するケースも少なくありません。また、悪性度が非常に高いことが多く、再発率も高いとされています。
口は飲食の際に重要な役割を果たす器官であるため、外科的切除により猫が自力で食事をできなくなり、チューブによる胃への直接的な給餌が必要になることもあります。飲食が困難になる場合、あまり長い余命を望めない(外科手術後の平均生存期間は1~3ヵ月、1年生存率は10%以下)ことも多いため、外科的切除ではなく、放射線療法や化学療法を選択される飼い主さんもいます。
いずれにしろ、猫の苦痛を和らげるための対症療法を併用しながら、生活の質をできるだけ維持してあげることが大切になるでしょう。
治療費について
治療費は、腫瘍の大きさや浸潤状況、転移の有無、選択した治療法などによって大きく異なります。第一選択肢となることの多い外科的切除を行う場合、入院費や検査費も含めると、20万円前後の費用がかかると考えておくと良いでしょう。下顎の切除など、場合によってはそれよりもかなり高額になることがあります。
切除する部位や腫瘍の数などによって金額は変わります。また、切除が難しい部位への手術や放射線療法を選択した場合は、より高度な設備のある病院で治療を行わなければならない可能性もあります。
化学療法は、かかりつけの動物病院で行えないこともあります。治療法を選択する際には、担当獣医師とよく相談し、費用面、通院面、猫への負担などを総合的に勘案して決めましょう。
また、愛猫が若い頃からペット保険に加入しておくことで、万が一の場合に高額治療を選択しやすくなるかもしれません。
猫の扁平上皮がんの予防
皮膚にできる扁平上皮がんの予防には、猫が浴びる太陽光を調節することが有効でしょう。完全室内飼育が理想ですが、外にも自分の縄張りを持っている猫の場合は、外に出す時間を日差しが弱い早朝や夕方に限定すると良いでしょう。
完全室内飼育の場合でも、窓辺での日光浴や窓の外を眺めるのが好きな猫は多いものです。その場合は、紫外線を遮断するフィルターを窓ガラスに貼ることで、浴びる量を減らせるでしょう。白猫や白い被毛が広範囲にある猫の場合は、特に注意が必要です。
口にできる扁平上皮がんの予防としては、固い食材ばかりを食べさせない、歯磨きの際に不用意に歯茎までブラシをあてない、ご家族に喫煙者がいる場合は禁煙するといったことも予防につながる可能性があるかもしれません。ただし、これらは扁平上皮癌との因果関係が明確になっているわけではなく、統計上で関連が疑われているだけのもので、必ずしも発生に関連しているわけではありません。
また、皮膚や口内を定期的にチェックし、赤い、ひっかき傷がある、ただれている、かさぶたができているなどの、腫瘍化する前段階の症状に早く気付けることも大切です。
猫の扁平上皮がんについてよくある質問
最後に、飼い主さんからよく寄せられる、猫の扁平上皮がんに関するご質問をご紹介します。愛猫の異変にいち早く気付いたり、普段の健康管理を行うために役立つ情報が含まれていると思いますので、どうか参考になさってください。
初期症状は?
皮膚にできる扁平上皮がんの初期症状は、「皮膚が赤くなる、ただれる、かさぶたができる」といった、普段よくできるような傷や皮膚炎と区別のつかないようなものです。自然に治癒せず、日々広がっていくのが特徴です。特に白猫などの色の薄い猫の鼻平面、耳介、眼瞼といった顔面に出やすいです。
口の中にできる扁平上皮がんの初期症状は、歯茎が赤くなるという、歯肉炎などのよくある口腔内トラブルとの区別がつきづらいものです。ただし進行が早く、1〜3ヶ月で広がっていきます。舌が出っ放し、顔が腫れるなどの目立つ症状が出た時には、すでに腫瘍がかなり大きくなっていることが多いです。
高齢の猫で発症しやすい?
がんは、高齢の猫で発症しやすい病気の代表と言っても過言ではありません。扁平上皮がんも例外ではなく、高齢の猫に多く見られる病気の一つです。皮膚の扁平上皮がんの場合、発症年齢の中央値は12歳、口内の扁平上皮がんの場合は発症年齢の中央値が11.5〜12.5歳、年齢の幅は5〜20歳という報告があります。
発症すると食事を食べなくなる?
皮膚の扁平上皮がんの場合も、選択した治療法などによっては食欲が低下する場合があります。その場合、適宜食欲刺激剤等を服用させて症状の改善を図ります。
口内の扁平上皮がんの場合は、腫瘍の影響で食べる際に痛みや違和感が生じたり、大きくなった腫瘍の影響でフードを飲み込みづらくなったりすることがあります。特に下顎や舌に腫瘍ができた場合、外科的切除により口から物を食べることができなくなり、チューブで直接胃に給餌しなければならなくなるケースもあります。
まとめ 猫の皮膚のがんを防ぐために大切なこと
猫の高齢化に伴い、猫のがん(悪性腫瘍)の発症も増えてきました。がんと聞くと、治療が難しく命に関わる病気というイメージが強いかもしれませんが、扁平上皮がんは初期段階で適切な治療を行えば、完治も望めるがんの一つです。
皮膚の扁平上皮がんは太陽光線を浴びることが原因の一つと考えられているので、直射日光を浴びる機会を減らす、紫外線を遮断する工夫をするといったことで、予防を図れることがあります。特に色素の薄い白い猫では注意が必要です。
口内の扁平上皮がんは原因が明確にはわかってはいませんが、歯茎への物理的な刺激やタバコ・薬品等の化学物質による刺激を極力なくすことで予防を図れる可能性があります。
いずれのタイプの場合も、できるだけ早い段階で症状に気付ければ、愛猫への負担が少ない方法での治療を行えますので、かかりつけの動物病院と連携し、愛猫に最適な治療法を選択してあげることも大切です。
- 監修者プロフィール
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岩谷 直(イワタニ ナオ)
経歴:北里大学卒業。大学研修医や企業病院での院長、製薬会社の開発や学術職などを経て株式会社V and P入社
保有資格:獣医師免許
口腔にできる場合