猫のアトピー性皮膚炎は治療できる?自宅でできる予防や対策も紹介【獣医師監修】

あるペット関連会社が2023年に行ったアンケートでは、犬や猫の皮膚トラブルの原因のトップはアトピー性皮膚炎で、約3割を占めていました。この病気は強いかゆみを伴うため、飼い主さんも見ていてつらくなる病気の一つです。実は、人や犬のアトピー性皮膚炎と比べて、猫のアトピー性皮膚炎には未解明なことがまだ多いのが現状です。本記事では、現在分かっている範囲で、猫のアトピー性皮膚炎の原因や治療法、予防法などを紹介します。
- 目次
猫のアトピー性皮膚炎の症状
猫のアレルギー疾患の内、皮膚に症状が現れるアレルギー性皮膚炎(過敏性皮膚炎)には3つのタイプがあるとされています。分類の基準はアレルギーの原因物質(アレルゲン)で、ノミの場合は「ノミアレルギー性皮膚炎」、食物の場合は「食物アレルギー」、それ以外の場合は「アトピー性皮膚炎(猫アトピー性皮膚症候群)」と分類され、いずれも良く似た症状が現れます。
飼い主さんが愛猫の猫アトピー性皮膚炎に関連した症状に気付くのは、特定の場所をしきりに掻いたり舐めたりしている、毛艶が悪く毛並みが乱れているといった仕草や状態からであることが多いと思います。
さらに皮膚の状態を詳しく見ていくと、下記の症状などが確認できます。
-
1〜2mm程度の小さな粟(あわ)のような小さなぶつぶつができている(粟粒性皮膚炎:ぞくりゅうせいひふえん)
-
かゆくて掻いたり舐めたりし続けた部位が禿げている
-
特に顔、頭、首の部分の掻き傷が酷く、皮膚の掻き壊しが見られる
-
上唇や上あご、舌の粘膜などに赤く腫れた隆起やじゅくじゅくした膨らみができている(好酸球性肉芽腫:こうさんきゅうせいにくがしゅ)
猫のアトピー性皮膚炎の原因

猫のアトピー性皮膚炎には、まだ分かっていないことが多くあります。その一方で、猫のアトピー性皮膚炎と人のアトピー性疾患には、類似点があることも分かってきました。また猫の発症例の分析なども経て、猫のアトピー性皮膚炎の原因には、アレルギー反応と遺伝的要因の2つが関わっていると考えられています。
アレルギー反応
アレルギー反応とは、免疫機能が無害な異物に対して過剰に反応する現象で、免疫システムの誤作動と言えます。動物の身体には、病原体から身を守るための免疫という仕組みが備わっています。その仕組みがなんらかの理由で無害なものを病原体だと勘違いし、攻撃して起こるのがアレルギー反応です。
猫のアトピー性皮膚炎の発症には、IgE抗体が関与する仕組みが関わっていることが分かってきました。IgE抗体とは、体内に病原体などの異物が侵入した時に産生されるたんぱく質で、再び異物が侵入してきたときに、それを感知するセンサーとしての役割や、異物を体内から排除する為の反応をスタートさせるスイッチとしての役割を担っています。IgE抗体が関与するアレルギー反応の流れについて見てみましょう。
【Step1. 抗体作成】
アレルギーの原因物質(アレルゲン)が猫の体内に入り込むと、免疫反応が起こり、IgE抗体が産生されます。産生されたIgE抗体は肥満細胞と呼ばれる細胞の表面にアンテナのように結合します。このIgE抗体が結合した肥満細胞は、再び異物が侵入してくるまで準備状態に切り替わります。
【Step2. IgE抗体が再侵入したアレルゲンと結合する】
再度アレルゲンが体内に入り込むと、準備状態に切り替わった肥満細胞に結合しているIgE抗体が、アレルゲンを認識し、結合します。結合をきっかけに、準備状態だった肥満細胞が活性化されます。
【Step3. ヒスタミンを放出する】
活性化された肥満細胞は、ヒスタミンなどの化学物質を放出します。ヒスタミンは炎症反応を引き起こし、神経を刺激してかゆみや痛みを引き起こします。この一連の現象が、アレルギー反応です。
遺伝的な要因
猫のアトピー性皮膚炎を無作為に194例抽出し、発症している猫の品種を調べたところ、アビシニアン、ヒマラヤン、ペルシャに偏っているということが分かりました。他にも、オスよりもメスに多く発症する傾向が見られます。さらには、若齢期から発症するケースが多いという傾向も見られます。
一般的に、特定の品種に特定の病気が発症しやすい場合や、若齢期から発症しやすい病気の原因には、遺伝的な要因が関与している可能性が高いと考えられています。そのため、猫のアトピー性皮膚炎も、遺伝的な要因が強く関与している可能性があると考えられています。
ただし、猫のアトピー性皮膚炎に関与している遺伝的なメカニズムは、単一の遺伝子変異だけではなく、複数遺伝子や環境因子など、多くの要素が複雑に関与しているのではないかとも考えられており、現在もまだ研究が進められているところです。
猫のアトピー性皮膚炎の主な治療方法

遺伝的、体質的な要素が大きく、また分かっていないことも多い猫のアトピー性皮膚炎は、完治の難しい病気です。そのため、治療も短期的に症状やストレスを和らげるものと、長期的な観点で、体質の改善や、スキンケア、環境の改善などで症状の抑えられた状態を長期的に持続させるものとに分けて考える必要があります。
短期的な治療方法としては、薬物療法がメインです。そして長期的な治療には、減感作療法、スキンケア、食事管理や環境改善など、動物病院で行う治療の他に、飼い主さんが自宅で行うケアも含まれます。
それぞれの治療法について詳しく見ていきましょう。
薬物療法
猫のアトピー性皮膚炎では、非常に強いかゆみと炎症が生じます。強いかゆみは猫にとって大きなストレスで、猫はかゆみを抑えようとして掻いたり舐めたり噛んだりし続けます。それが原因で、脱毛や掻き傷による出血などが生じ、症状を悪化させることがあります。
そのため、一刻も早くかゆみを抑えてあげることが重要となります。そこで、まずは薬物療法でかゆみを取り除くことが一般的です。よく使われる薬剤としては、ステロイド剤や抗ヒスタミン薬があります。
即効性を期待できるのが、ステロイド剤です。プレドニゾロンは代表的なステロイド剤で、人のアレルギー性皮膚炎の治療にも使われています。非常によく効く薬ですが、長期間使用すると免疫力の低下や胃腸・肝障害、内分泌系への影響などの多様な副作用が現れるため、獣医師の指示に従って使用することが大切です。
先述のアレルギー反応の流れの中で出てきた肥満細胞が放出するヒスタミンをブロックする薬が、抗ヒスタミン剤です。この薬剤が緩和する炎症やかゆみは軽度で、効果が見られるまでに数週間、場合により1〜2ヶ月ほどかかることがあります。しかし副作用が軽微なので、長期的な使用には向いている薬です。
減感作療法
減感作療法(免疫療法)は、アレルゲンが体内に入り込んでも反応しなくなるよう、根本的に体質を改善する治療法です。人の花粉症やアレルギー性の喘息などに対する治療として行われる治療法の一つでもあります。
欧米の皮膚科専門医の間では、犬と猫のアトピー性皮膚炎のスタンダードな治療法として用いられています。日本ではまだ一般的ではなく、実施可能な病院も限られていますが、完治が難しいアトピー性皮膚炎を根本的に解決できる可能性があるとして、採用している動物病院もあります。
この治療は、ごく少量のアレルゲンを注射で体内に接種し、慣らしながら少しずつ量を増やしていき、最終的にアレルギー反応を起こさない体質に変えていくというものです。
副作用が軽微なのが特徴ですが、ごく少量とはいえアレルゲンを接種するため、一時的にかゆみや炎症が悪化する可能性があります。また、確率的には非常に低いですが、アレルギーの原因物質を投与するため、アナフィラキシーショックを起こす可能性が全くないわけではありませんので、初回の治療は入院して実施されることもあります。症状の改善が見られるまでの期間は個体差がありますが、半年〜1年ほどかかる事があります。減感作療法は、猫の50〜70%に効果が得られるとの報告があります。
スキンケア
皮膚の最も外側の部分を覆っている角質層は、角質細胞がレンガの壁のように密に積み重なったような構造になっており、その間隙や表面が脂質で覆われていることにより体内の水分蒸発や、病原体やアレルゲンなどの体内への侵入を防いでいます。これを、皮膚のバリア機能といいます。
皮膚の状態が悪化するとバリア機能が低下し、皮膚の乾燥や外界からの異物侵入が起こりやすくなります。猫の皮膚は人の皮膚の1/3程度の薄さであり、スキンケアで皮膚を良好な状態に保つのは、とても大切なケアです。
しかし、猫はシャンプーが強いストレスになったり、せっかく塗った保湿剤を舐め取ったりすることも多いです。そのため、長毛種や獣医師からの指示など特別な場合を除き、シャンプーをすることはあまりありません。猫は栄養管理や環境改善、ストレスケアといった方向からのスキンケアが現実的でしょう。
ただし、被毛や皮膚に付着したアレルゲンの除去や保湿は大切です。ペット用のウェットシートや蒸しタオルで身体を拭いたり、保湿したりするのは、猫のアトピー性皮膚炎に対して有効なケアとなる可能性があります。
食事管理や環境改善
薬物療法で症状を緩和した状態を維持するには、食事管理や環境改善も重要です。次のようなポイントを意識してみましょう。
◯食事管理
猫の皮膚を良好に保つには、栄養バランスが整った良質な食事を適切な量で与えることが重要です。
またアトピー性皮膚炎の猫は、食物アレルギーを併発していることもあります。食物アレルギーの有無を確認し、アレルゲンとなる食材を口にしないように管理することも大切です。
◯アレルゲンの除去
アトピー性皮膚炎のアレルゲンは、ハウスダストや花粉などが多いです。そのため、家の中や猫が使用している寝床、お気に入りの場所などをこまめに掃除し、常に住環境を衛生的な状態に保つよう心がけましょう。空気清浄機で空気中の微細な異物を取り除くのも、アレルゲン除去に役立つことがあります。
◯ストレス管理
猫は、ストレスが原因で過剰にグルーミングを行うことがあります。過剰なグルーミングは、猫のアトピー性皮膚炎の症状をさらに悪化させることにつながります。
猫はちょっとした環境の変化にストレスを受け、汚れたトイレも嫌います。環境変化に対するフォローやこまめなトイレ掃除にも注意を払いましょう。
猫のアトピー性皮膚炎を予防するには?

治療の一環として行う自宅でのケアは、そのまま猫のアトピー性皮膚炎の予防にもつながります。猫のアトピー性皮膚炎は、一度発症すると生涯付き合っていかなければならないことが多い病気です。また、薬物療法で緩和された症状を長く維持させるためにも、予防は重要です。
一部の治療法と重なる部分もありますが、予防という観点から、飼い主さんが自宅でできるケアについて、より詳細にお伝え説明します。
こまめな掃除・換気
猫が普段過ごしている床の上、棚や冷蔵庫の上などの高い場所も、こまめに掃除をして埃がたまらないようにしましょう。また、寝床やクッションなどの布製品は、こまめな洗濯でアレルゲンが付着したままにしないようにしましょう。
普通に生活していると気付かないような家具の下や裏側、隙間などに入り込みたがるので、そういった部分の掃除も怠らないでください。また掃除が難しい場所には、猫が入り込まないように工夫することも大切です。
また、こまめな換気も大切です。空気が滞留すると、湿気が溜まったり結露ができたりして、カビが生えやすくなるからです。花粉が気になる季節は、換気中だけ猫に洋服を着せる、換気中の部屋には猫をいれない、空気清浄機を併用するなどの工夫をすると良いでしょう。
ノミの駆除と予防薬の投与
猫のアトピー性皮膚炎とノミアレルギー性皮膚炎の症状は、ほとんど同じです。またアトピー性のアレルギーを持っている場合、ノミアレルギーを持っていることもあります。そのため、猫のアトピー性皮膚炎の予防には、ノミへの対策も大切になります。
基本的に、ノミの駆除や予防薬は、かかりつけの動物病院に処方してもらうことをおすすめします。その子に適した薬を処方してもらえる、薬が合わない場合はすぐに相談できる、定期的に猫の状態を診てもらえるといった利点があるためです。
食事管理
メインの食事にキャットフードを与える場合は、必ず猫専用で年齢に合ったタイプの「総合栄養食」にしてください。キャットフードの袋や缶には、必ず「総合栄養食」や「療法食」「間食」「その他の目的食」などといったフードの目的が記載されています。この中で、猫に必要なすべての栄養素がバランスよく含まれているのは「総合栄養食」だけです。
人用に作られている食べ物は、基本的に猫に食べさせてはいけません。味付けが濃すぎたり、脂肪分が多かったりして、猫の健康を害することが多いからです。
おやつをあげることもあると思いますが猫用のおやつは、猫の嗜好性を高めるように工夫されています。そのため、普段のフードよりも食いつきが良くなるようにできています。しかし、ほとんどの場合「総合栄養食」ではありません。おやつは1日に必要なエネルギー量の20%以内に収まるよう調節しましょう。
皮膚のバリア機能の維持を目的に必須脂肪酸を増強したフードや、食物アレルギーに対応した療法食もあります。療法食については必ず獣医師の指示にしたがって与えましょう。
サプリメントの使用
皮膚や被毛の健康状態を維持し、バリア機能を維持するためには、良質なタンパク質(必須アミノ酸)や脂質(脂肪酸、セラミド、スフィンゴシン)、ミネラルやビタミンなどが必要です。
AAFCO(米国飼料検査官協会)の栄養基準を満たしている総合栄養食を与えていれば、基本的には問題ありません。しかし、何らかの理由で不足している栄養素がある場合、サプリメントの利用価値は高いと言えます。
例えばビタミンA不足は、皮膚のバリア機能低下を招くことがあります。猫は体内でβカロテンをビタミンAに変換できないため、食事から摂取しなければなりませんので、手作り食の場合は注意が必要です。
過剰摂取で問題が起きることもありますので、かかりつけの獣医師と相談しながら、適切なサプリメントを選択すると良いでしょう。
まとめ 猫のアトピー性皮膚炎は生涯治療が必要
猫のアトピー性皮膚炎は、遺伝的な要因やアレルギーを起こしやすい体質などが原因で生じるため、一度発症すると完治が難しい病気です。
愛猫がアトピー性皮膚炎を発症してしまった場合は、かかりつけの動物病院と協力しながら治療にあたりましょう。通院による治療とご自宅でのケアを通して、愛猫の生活の質を少しでも良い状態に保てるよう、上手にコントロールしてあげることが大切です。
- 監修者プロフィール
-
岩谷 直(イワタニ ナオ)
経歴:北里大学卒業。大学研修医や企業病院での院長、製薬会社の開発や学術職などを経て株式会社V and P入社
保有資格:獣医師免許